自分の努力が報われないと思った時の4つの対処法

自分の努力が報われないと思った時の4つの対処法

たまにこの波はやってきます。今自分がしている努力が報われる日はこないのではないか、と思う時。私がこう感じる時はたいてい原因となる出来事があります。

自分の努力が報われないと思った時の対処法を、私なりの偏った経験と考察はこうです。

努力が報われないと思う原因となる出来事

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「自分、今なんでこれを頑張ってるんだろう」「この努力が報われる日はくるのだろうか」とふと考えてしまう場合、たいていはそう考えるに至った原因となる出来事があるはずです。

その出来事とは些細なことだったりします。

何か目標としているものがあったとして、その目標が達成できないという直接的な事実だけでなく、その努力をしている過程で出会った人に言われた一言とか、同じ目標を持つ人たちから感じ取れる雰囲気だったり、些細なことの方が多いくらいです。

他人と比較しない

その原因となる出来事を紐解くと、他人と比較していることが多いです。

「あの人はこれができるのに、何故私はできないのだろう」
「あの人はみんなからこう思われているのに、私はそうではない」

他人と比較しないというのは難しいことです。よく他人と比較するなと言われるけど、頭でわかっていても何か目標としていることがある場合、自分から見たら目標に近いところにいる人と自分を比べてしまうのは避けられない。

自分は自分と強く保てればいいけど、どうしても他人と比較してしまう場合は、比較してとことんどん底に落ちてみればいいと私は思っています。

どん底に落ちて今の努力を諦めたくなるようなら、どん底に落ちて目標がなくなってしまうようなら、その程度の思いだったということです。

自分の目標としていることが、人生をかけてでも近づきたいものであれば、他人と比較してどん底に落ちて苦しくなっても、その目標のためにやっぱり努力したいなと私は思う。

他人に認められることに重きを置かない

人は誰でも他人に認められたいという気持ちがあります。

目標に対する努力の過程で、他人から努力を褒められた時、客観的な視点で成長が感じられる出来事があった時は、その目標に対する努力を一層頑張ろうとするはずです。

逆に努力の過程でそういった出来事がないと、自分の成長を感じることができず苦しいし、この努力は意味があるのか?と私は自問自答してしまいます。

前述の人と比較しないのはとても難しいことですが、他人に認められることに重きを置かないのは意識で変えられると思います。

目標に近づくために努力しているのは他人に認められるためではなく、自分のためだと強く思うことにしています。逆に他人に認められるために努力してるのか、とか考えてしまって、そんな他人を気にする人生いやだなと思うようになりました。

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尊敬している人の話を聞く

自分の目標により近いなと思う人や、尊敬している人がいる場合は、その人の話を聞きます。

尊敬できる人というのは謙虚で自分の才能をひけらかしたりはしないし、自分よりも遥かに目標の近くにいるであろう人も、相当な努力をしていることに気がつきます。

私は尊敬できる人から話を聞いて、その人が日々努力している話や、つまづいた時の心の持ちようを聞くだけで、かなり楽になります。

普段「名言」的なものはふーんと読み過ごすタイプですが、努力にまつわるこの言葉は好きです。

努力は必ず報われる。
もし報われない努力があるのならば、それはまだ努力と呼べない。

王貞治

槇原敬之の「どんなときも」を聴く

それでもどうしても「努力が報われないのではないか」と感じた時は、辛く悲しい気持ちや、憂鬱な気持ちになります。

そんな時の私の一番の処方箋は、槇原敬之の「どんなときも」を聴くことです。

本当にこれは効きます。何も考えずにとにかく「どんなときも」をリピートします。

僕が僕らしくあるために
「好きなものは好き!」と
言えるきもち抱きしめてたい

迷い探し続ける日々が
答えになること僕は知ってるから

絶対ゆずれない夢が僕にはあるよ
(中略)
消えたいくらい辛い気持ち 抱えていても
鏡の前笑ってみる まだ平気みたいだよ

まだ大丈夫なんです!

辛くて苦しくて、目標に近づくための努力を辞めたいなら辞めてしまえばいい。一気に楽になるかもしれない。

でも、死ぬ間際に後悔するかもしれない

やっぱりあの時に諦めずに頑張っておけばよかったかもって。

私は人生をかけてでも近づきたい目標があるから、たまにこの鬱の波がきても、今のところ振り払ってます。辛いときはあるけど、それは一時的だよ。

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